ばくりと頬張るその勢いにわたしの愛を感じてほしいの。














「……ッ、ッ、!」


ふわりと優しいスポンジが口内で軽く跳ね、添えられたフルーツの新鮮な香りが身体中を満たしていく。とろりとしたクリームは程好い甘さで喉を滑り落ちていき、挟み込まれたムースの酸味がいいアクセントになっている。
口内に広がる幸福感にじわりじわりと侵食されて震えていると、目の前に座る人物に笑われた。


「本当にアリババくんは美味しそうに食べますよね」
「あ、すいません…一人でがっついちゃって…」


美味しさの余韻で口に含んでいたままのフォークを慌てて取り出した。恥ずかしさに顔が赤くなるのを自覚する。クスクスと柔らかく微笑む相手は「君が幸せなら私も幸せですよ」とサラッと凄いことを言って珈琲を口にした。羞恥ではない恥ずかしさに更に顔が染まっていく。これも年の功と言うのだろうか?こんな事を普通に言えるだなんて。自分ももっと年齢を重ねれば…と考えてみたが、たぶん無理だろう。例え言えるようになったとしても笑われて終わる気がする。うん。一人で頷いていると不思議そうな目でジャーファルさんに見られた。何だかまた恥ずかしくなってきた。


「そういえば本当に良かったんですか?せっかくのお休みなのに付き合って貰っちゃって」
「勿論。せっかくのお休みだからこそですよ。仕事を気にしないで君と居られるんですから」


アリババが店主である喫茶バルバッドの定休日は基本火曜日である。…対してジャーファルの休みはといえば、法律に引っ掛かるのではないかと危惧するほどに無い。一応土日が基本休とはされているのだが、そんなのは関係無しに日々仕事に追われているのが現状だ。それはジャーファルの会社での立場と性格、そして環境と上司に因るのだが、文句を言いつつも仕事を愛しているジャーファルにとっては然程苦痛は無いそうだ。少し…いやそれなりにワーカーホリック気味なジャーファルは優秀であるがゆえ、背負わなくて良いものまで背負ってはやり通してしまうのだから何とも言えない。アリババは客からの頼まれ事などが無ければ定休日にしっかり休むタイプの人間だ。休むといってもただ一日ごろごろしているだけの日もあれば、新しいメニューの考案や他店に行って雰囲気や菓子類の研究をしたりなど様々だ。そして本日は火曜日…喫茶バルバッドの定休日である。ずっと気になっていたオープンしたばかりの隣町のカフェに足を運ぼうと決めたのは今日の朝で、決めたタイミングでジャーファルから送られてきたメールに頭を悩ませたのはほんの一瞬だった。


「それにしても男二人で可愛いカフェっていうのはなかなかこう、アレですよね」


次のケーキにフォークを突き立てながらそう言うと、ジャーファルも少し感じていたのだろう、苦笑して頷いた。


「此処は君のお店とはまた違った雰囲気ですしね」
「そうですねー。此処はまあ若い女の子向けっていうか、女性をターゲットにしたところですし」


客層をあえて絞ることをしない自分の店と雰囲気が違うのは当然だろう。柔らかなパステルカラーに溢れた店内はなる程、女の子が好きそうな可愛らしさが散りばめられている。朝ジャーファルさんから会えませんかとお誘いのメールが無ければ此処には自分一人で来ることになったのだ…そう考えて嫌では無いけれど、やっぱり気後れはしてしまっただろうなぁと思う。ジャーファルさんが居なければここまで気兼ねなくケーキにパクつくことは出来なかった。
珍しく休みを取れた(取ったという方が正しいかもしれない)ジャーファルさんとこうしていることがどこか現実味がなくて頭の中がふわふわしている。自身の店以外で会うことが殆ど無いからだろうなぁと思いつつ、食べる手を止めない自分は我ながら呆れる程に食い意地が張っている。
口に入れたガトーショコラは少し苦くて、けれど染み渡る濃厚なチョコレートの味と重い芳香がたまらない。


「んー…やっぱり女性向けのお店と比べると、菓子類は負けてるよなぁ…」


それも仕方の無いことかもしれない。ちょっとした手伝いを頼むことはあれど、実質調理を行うのは資格を持つアリババだけだ。どうしたって細かく気を回すのも限度がある。自店で出しているものも悪くはないと思うのだが、少ない人数で回すにはメニューの数も自然と線引きがされてくる。加えて客層が幅広いため、華やかで甘いものばかりを連ねる事は出来ない。けれどやはりこうした可愛らしく甘く美味しいスイーツを見て食べてしまうと心が揺さぶられてしまう。食べることが人一倍好きな自分だからこそ余計にかもしれない。ううむと難しい顔を作っていると、ジャーファルさんがカチャリと微かな音を立てて珈琲のカップをテーブルに置いた。


「私はアリババくんの作る焼き菓子が一番好きですけどね」
「ぅ、え…?」
「こういう口に入れるものは人の好みによると思いますが…少なくとも私の口に一番合うのは君の作るものですよ。ああ、勿論焼き菓子だけでなく、君の作るものは何でも美味しいんですがね」


告げられた言葉に頭がついていかず呆けていると、ジャーファルさんの唇が続けて開かれた。


「君の作った美味しい物を食べて、君の淹れた美味しい珈琲を飲む。今のところこれが私の一番の幸せです」


何だか君の淹れた珈琲が飲みたくなりました。今日はお店はお休みですけど、私のために淹れてくれませんか?
そう言いつつふわりと微笑んだジャーファルさんの表情があまりに優しくて、俺は馬鹿みたいに顔を赤くした。…今日一日でどれだけ顔を赤くすればいいのか自分は。こんなのどう考えたってジャーファルさんが悪い。
子どもっぽいと笑われても仕方がないが、照れ隠しにわざとむっすりとした顔を形作りつつカフェから出る準備をする。店に戻ったら彼にとっておきの珈琲を淹れようと思いながら。













(それはもう、よろこんで!!)




***


胡桃様、この度は50000打企画にご参加下さり誠にありがとうございました!

ジャファアリで喫茶バルバッドシリーズの続きまたは番外編…との事でしたが、いかがでしょうか?もうもう消化が遅くて本当に本当にすみません!リクエストありがとうございました。すみません。苦情はいつでもどうぞ!(土下座)

それでは本当にありがとうございました!!


(針山うみこ)